白馬の王子様

自転車。

それが母の、高校時代わたしが付き合っていた元彼に対しての、一番強い印象らしい。


たしかに彼は自転車通学をしていた。その地味なママチャリがちょっと似合っていたかもしれない。でも高校同期には自転車競技の選手もいたし、大学に入ってから、自転車でものすごく遠くに行く人とか、もっとガチのかっこいい自転車に乗っている人を見た。だからわたしには、母の元彼に対しての印象として、なぜ一番に「自転車」が来るのか、いまいちよくわからなかった。「チャリ」から「チャーリー」とあだ名をつけるほどに。


「みゅうにもきっと白馬に乗った王子様が現れるよ」と母は言った。どちらも友人で、母も知っているカップルの話をしていたときだった。〇〇ちゃんはいい彼女だね、本当にそうだね、なんて話をしていたときに、母は突然そんなメッセージをよこした。ううん、返事に困る。適当に「そう信じて頑張るよ」と返しておいた。

母からは「チャリに乗ってるかもしれないけど😅」という返事が来た。元彼のことを不意に思い出したせいか、いやにどきっとした。変な誤解を与えたくないので、とりあえず「😅」と同じ絵文字で返しておく。「めっちゃ歩いて来たりして」と母のメッセージは続く。完全に元彼のことだ。


母は復縁を望んでいるのかもしれないが、元彼の話をするのはもう勘弁してほしかった。わたしにはもう元彼に恋する気持ちはないし、元彼はわたし以上にきっとそうだ。でもある日急な坂道を歩いて下っていたとき、向こう側から急に坂道を上ってくる自転車が来た。ごく普通のママチャリだったのだが、それを見た瞬間に思い出した。わたしは高校時代、徒歩通学だったから、元彼と一緒に帰るときはよく元彼が駐輪場から自転車に乗って出てくるのを待っていた。駐輪場は坂の下にあったので、元彼が頑張って自転車を漕いで坂を上ってくるのを見ると、急いでてけてけと迎えに行ったものだ。そんな思い出が唐突にフラッシュバックして、わたしはよくわからない、不思議な気分になった。


わたしの王子様は何に乗って来るのだろうか。自転車かもしれないし、電車に乗って遠くから来るかもしれない。はたまた歩いて来るのかもしれない。うーん、どれもなんかちょっとダサいけど、王子様が本当に来てくれるなら、交通手段はどうでもいいや。いつになったらわたしの王子様は現れてくれるのかしら。