「結婚する?」と言われた日の話

その日は突然に訪れた。いつも通り、彼氏と並んで布団に入って、手をつないで眠ろうとしたその時だった。

「みゅうさん。結婚する?」

そう彼は言った。

 

確かにわたしは、最近「好き〜」と同じ程度の感覚で「結婚してくれ」と言ってしまうのよね、という話を彼氏にしていた。でも彼がそんなことを言い出すなんて想像もしていなかったから、しばらく固まってしまった。え?ほんとに?どういうつもり?ぐるぐると思考を巡らせた挙句、ようやくわたしの口から出てきたのは、「え?どういうこと?」とか「急にどうしたの?」みたいな言葉だった。

 

本当は、ちょっとだけ嬉しかったのだけれど。

 

彼がその後どんなことを言っていたかはあまり覚えていないけれど、「変なこと言ってごめんね」みたいな感じで謝られた気がする。「うわあ、びっくりした〜〜」みたいな返事でごまかしたけれど、ああ、やっぱり嘘だったのか、とがっかりしてしまう自分に気づく。内心わたしは、彼の言葉が本当であれと期待してしまっていたのか。

わたしは嘘が嫌いで、「本当だったらいいのに」と思ってしまうタイプの嘘がいちばんに嫌いだ。

 

昔から、わたしは結婚に憧れていた。華やかなウエディングドレスに身を包んで、涙ながらに両親への感謝の言葉を述べる花嫁さんを何度も素敵だと思った。わたしもだれか素敵な人と一生添い遂げてみたい、とずっと思っていた。

でもいま、いざその言葉を前にすると尻込みしてしまう自分がいることに気づいた。「結婚してみたくないと言えば嘘になるけれど、自分なんかに誰か一人を一生付き合わせるのなんて申し訳なさすぎる」と彼に伝えると、彼は自分も同じことを思う、と同意してくれた。

 

翌日、コンビニで一緒に買い物をしたあとの帰り道で、「昨日はあんなこと言ってごめんね」とまた謝られた。本当は、謝らないでいてほしかった。謝られたら、あの言葉が嘘であることがより確実になってしまうから。

 

彼は本当に素敵な人で、他の人と比較するのはあまりよくないことだってわかっているけれど、わたしがいままで付き合った人の中でいちばんわたしのことを大切にしてくれる。でも、それに気付かされれば気付かされるほど、切なくて苦しくなるのはなぜだろう。いつか来るさよならを先延ばしにしているだけだという自覚があるからだ。自覚はあるけれど、わたしはそれが怖くて仕方がないのだ。

 

しかし、あの日からわたしは、なぜか彼と結婚する自分を少しだけ想像してみてしまうようになった。結婚したい、なんて思うと失敗するのが過去の経験則からわかっていたから、わたしは彼に入れあげすぎるのを避けていたのに。いまのところわたしは誰とも結婚するつもりがないし、できれば彼にもわたしと別れたあと誰とも結婚しないでほしい。ただ、結局のところ、「みゅうさん。結婚する?」という彼の言葉が、嘘でもたちの悪い冗談でもわたしはちょっとだけ嬉しくて、ちょっとだけ信じてみたかったのだ。